ラクナクラシ

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お墓参りが分からない

何を信じて何を信じていないみたいな話ではなくてただ単純にお墓参りが分からない。そのシステムというか理由とかルーツとか所作とか、他の人がどのようのしているのかが分からない。お墓参りに行くと何人か人がいるのを見たことはあるけれど、実際にみんな何をしているのか気になる。という何をすればいいのか教えてくれ。

僕はアレなのでお墓参りに行くと死んだ人に会えるというスタンスで行っている。というかお墓参りに行くことを会いに行くみたいに言っていたからかもしれない。だから会いに行くっていうのからそこにその人がいるように思ってしまったのだろうか。言葉の綾なのか、本当にそこのいるのかは分からない。

ということで僕は実際にそこに、その人がいるスタンスでお墓参りに行くんだけれど、流石にこんな周りがお墓しか無いところにいるわけがないだろとか毎回思う。毎回思うんだけれど、お墓以外の会えそうな場所がよくわからないから、お墓で会うっていう事にしてくれているんだろうか。

お墓って死んだ人の供養のためかなとか思っていたけれど生きている人が誰かを想うための場所っぽいなと思い始めた。

お墓参りに行くと、いつも声に出して独り言をめちゃくちゃ喋ったり、話しかけたりしてしまう。「元気ですか?」とか「調子はどうですか?最近なんか映画見たい?僕は今引越し先を探してるんだけど...」とかそういう適当な言葉を声にして話している。こんなところにいるわけないだろとか思いつつも、もしいたら聞いて欲しいと思うから僕は声に出して毎回適当なことを話している。君は元気ですかとか言っていて流石に自分でも彼女は死んでいるんだけどとか思いながら口に出して話せば何かが伝われば良いと思って僕は話す。

プラスにしたいのではなくてマイナスをゼロにしたい。例えば彼女がそこにいる場合、僕が何も話さないで、声に出さないで黙ってずっとお墓を綺麗にして新しい花を生けても彼女はちょっと寂しいだろうなと思う。だから僕は声に出すし、届かなくても届く可能性のある声なら声にしたって大した損にはならないのだ。

僕はいつも破茶滅茶な花を持っていくから彼女のお墓はいつもトロピカルな墓になる。時期的に紫陽花と向日葵は入れておきたいみたいな理由で青山フラワーマーケットで自分の好きな花を1万円分くらい買う。一万円分の花束って結構大きくていつも笑ってしまう。これかたプロポーズでもするのかなみたいな量だけど僕が行くのは最寄駅からタクシーで10分もかかる山の中にあるお墓なんだよっていつも電車の中で思っている。座っているシートはJRよりもふかふかっふ逆に居心地がいつも悪い。

 

お花を生けた後の彼女のお墓は他の誰のお墓よりも綺麗で鮮やかで幸せそうで、僕は煙草を吸いながらそのお墓を見てひどく悲しくなっていつも泣いてしまう。