ラクナクラシ

出来るだけ快適で楽しい生活

執筆中毒

世界は中毒で出来ている。美しく廻る世界の内側で動いているものは中毒だ。アルコール中毒にネトゲ中毒、炭水化物中毒に薬物中毒。ほとんどの中毒は身を滅ぼすが、最もゆっくりじわじわと蝕んでくるものがある。執筆中毒。

執筆中毒

社会において執筆活動を非難される事は少ない。有難いことに肯定されることの方が多い。馬鹿丸出し。執筆の怖さに気付いていないだけ。仕事中にキーボードを叩いていると無意識に関係のない文章を書いている事がある。それがしかも楽しくてやめられない。一文が終わり、次の一文が始まる。繰り返していくことで、文章になる。誰にも見られる事は無い言葉だけど、完全に自分のためにだけ書く文章は書いていてただただ気持ちが良い。はたからみれば仕事をしているように見えている僕の姿。キーボードをタイプする音。それの全てが嘘である。さすがにリスクが大きすぎる。それでも中毒だからやめられない。文章を書く仕事の休憩に文章を書いている。読む時間がほとんどない文章。読み返さない文章。そういう類の可哀想な文章がどんどん蓄積されていく。

クラック中毒者の部屋に転がるオレンジペンと同じように僕達の周りには文章のフラグメントが散らばっている。依存するものがデータで良かったと思うのはこういう時。データは散らばらないしインターネットデブリがどんどん増えていくだけ。草を巻くためにペーパーを用意する必要もない。ただ目の前にキーボードがあればいいだけ。僕達はただただ打ち込んでいくだけ。その先に何があるのか分からない。何もないことのほうが多いと思う。

副作用

僕達はいつでもキーボードにアクセスできる環境にいる。時代に即した中毒。キーボード中毒の方がより合っているのかもしれない。ただやっぱりクラック中毒の事をオレペン中毒とは言わないし、コカイン中毒をクレカ中毒とは言わない。ウィード中毒者をリズラペーパー大好きおじさんとは言わない。

そうなるとやはりキーボード中毒よりも執筆中毒方がしっくりくる。自分の中のよくないものに名前を付けると途端愛着がわく。そんな事ではだめだよ。執筆やめますか、仕事やめますかっていう感じだ。締め切りに間に合わなくなる。今日中にあげないといけないデザインもどんどん優先順位が落ちていく。もう明日でいいかなとか思いつつも僕は現在進行系でキーボードを打ち込んでいる。ここまできたらもう行くところまで行くしかない。

言葉とともに堕ちていく。