お金はもうお金じゃない。チケットだ。

僕たちはもうお金をお金として扱う気力がない。お金があれば幸せになれるだとか、お金を稼いで高級車に乗ってタワーマンションに住んで、みたいな気力みたいなものはもう消えて無くなってしまった。そういうバイタリティ溢れる若者を僕たちは大切にしないといけない。次の日本を作ってくれるのはそういう人たちなのだから。

それはそうとして、お金はストレスを無くすために使うチケットだと最近考えるようになった。お金はチケット。僕たちより上の世代にはお金を稼ぐことについて悪の意識みたいなものがあるらしい。僕たちにそれが無いのは、もうお金をお金としてみていないからだと最近は思う。

例えば毎朝、満員電車で片道1時間の通勤をしないといけない。これは相当のストレスだと思う。実際地獄だよ。本人達はもう慣れたよみたいな顔で自分を騙してイヤフォンで音楽を聴いて、スマートフォンで漫画を読んでいるけれど、これは地獄だよ。乗換駅で割先にと出口に向かうおじさん達はもう限界なんじゃないかな。自分を騙し切れていない。そこでだ。チケットを使おう。

チケットを何枚か渡すと、その地獄から抜け出せる。職場に歩いて通勤できる場所に家を用意される。ストレスとチケットの交換が何者か手によって行われているらしい。

僕たちはチケットを渡す。誰かがストレスを引き取ってくれる。そういう世界になりつつある。

会社に行きたくない。満員電車に乗りたくない。朝もっと寝ていたい。美味しいクラフトビールが飲みたい。月に1回は温泉に行きたい。

チケットを渡せばそういうことができる。

僕たちがどう反抗したところで、この世界はほとんど最悪のまま。だったらもうこの世界の流れにのるしかない。流れにのってチケットをたくさん稼いで、ストレスのない生活を稼いだチケットと交換してもらうしかない。

明日もチケットのために僕は満員電車に40分間揺られて会社にいく。

 

 

トップスのケーキが世界で一番美味しいと感じる時がある。

 

この間、神楽坂の離島カフェに夜ご飯を食べに行った。その日は昼間から強い風が吹いていて、どこかの県では何かが飛んだらしい。とてもアバウトな情報で申し訳ないのだけれど誰かがそう言っていた。

離島カフェではほとんど生に近い焼き牡蠣を食べたり、島でとれた刺身を食べたり、瀬戸内レモンの美味しいクラフトビールを飲んだ。父親がホットペッパービューティーのアカウント名を「ポコちゃん」にしている事実が発覚して家族全員でめちゃくちゃ笑った。あれから父は家族全員にポコちゃんと呼ばれている。

神楽坂から飯田橋まで歩いて向かう事にした。風はほとんど止んで、もちろん雨も降っていなかった。その町にはその町の色がある。神楽坂は黄色い町で、不幸せな人なんてひとりもいないように感じた。

道端にマンションの不動産販売のセールスマンが立っていて、チラシを配っていた。神楽坂にマンションを持ちませんか?彼はそう言って僕にチラシを渡す。7000万円で神楽坂に家が持てるらしい。7000円ですら持っていない僕と、7000万円持っているであろう父が横になって歩いているのに、僕に渡すその仕事の出来なさに親近感を覚えた。君は僕だ。そう思った。飯田橋の橋を渡る時、とても急な上り坂で神楽坂を下ってきた位置エネルギーを勿体無い使い方したなと思った。

神楽坂には有名な和菓子屋さんがあるらしく、帰りしなに抹茶ババロアを渡される。美味しいから食べてねという母。母はこういう情報を全て知っている。マザーコンピューター。

駅で別れて家に帰る。母たちは山手線で富裕層の町へ帰る。僕と姉は中央・総武線でスラムへ帰る。いつもホームで家族と別れる時はすこし寂しい。

家に帰った後に抹茶ババロアを食べる。上品な甘みで美味しくて偏差値の高い味がした。せっかくだから静岡のお土産で貰った焙じ茶を飲むことにした。

トップスのチョコレートケーキが食べたい。パサパサのスポンジに甘すぎるチョコレートクリームの組合せ。ハーフサイズを全部ひとりでたべたい。

世界に復讐を

世界に復讐を仕掛けたい。缶コーヒーを飲んで、このろくでもない世界にとか言って達観できるような問題じゃない。僕は日本人で、それはアジアに含まれていて地球に含まれている。同一の宇宙には含まれているけれど、そもそもの考えが宇宙人とのそれとは異なる。僕たちはマジなのだ。マジで地球に生きている。ろくでもない世界だけどね〜的なノリでなんか言われても意味がない。僕たちは当事者でこの世界に含まれている。

一発のジャンプで日本からはオサラバできるかもしれないけれど、どうせ世界なんてどこでも同じだ。このろくでもない世界とか心底ろくでもないコピーを作るような本当の意味でのろくでもない人間がたくさんいるのがこのろくでもない世界なのだ。

僕は世界に対して復讐をしたい。世界は自分のそのあまりの巨大さに奢っているのではないか。その強さゆえに作用反作用の法則が僕たち個人と世界の間に存在しているのに、僕たち1人が放つインパクトは世界には本当に僅かなものなのだ。最悪な世界だ。

世界に復讐をしたい。
日常で接していると時々いる、歪んでしまった人たちは社会にやられて歪んでしまったんだろう。僕にはそれがわかる。

世界に復讐するにはどうすればいいいのか。優雅な生活が最高の復讐であるは至高の名作であるけれど、優雅な生活をすることが重要なことなのだろうか。そうならそうする。

金を奪う。経済的な逆襲
このろくでもない世界のエンジンは金で、その金がろくでもなさを加速させる。今だって京浜東北線の座席に座っている容姿の優れていない女性3人が喋るのは男性の年収のことなのだ。お金を持っている方が優れている。この問題について反対するのは馬鹿げている。逆にお金に頼らない豊かな生活をしようみたいな生活を提言している反逆者たちもいるけれど、自分達が幸せになっているだけで世界に対して傷を負わせていない。知らない誰かを不幸にしていない。誰かをきづつけていない。だから意味がない。

要するにこの制度に乗っかればいい。この制度にのっかって金を集めればいい。そして金を集めて経済的に見下せばいい。見下した後に瀬戸内に面した里山でも買ってお金に頼らない生活をすればいい。一発ぶん殴ったあとに逃げればいい。最初から逃げるよりは意味がある。一番手っ取り早いのがブログやアフィのネットビジネス。インターネットはロクでもない世界を加速させたけど、そのインターネットでは誰かをぶん殴ることだってできる

 

トップスのケーキが世界で一番美味しいと感じる時がある。

神楽坂の離島カフェに夜ご飯を食べに行った。その日は昼間から強い風が吹いていて、どこかの県では何かが飛んだらしい。とてもアバウトな情報で申し訳ないのだけれど誰かがそう言っていた。

離島カフェではほとんど生に近い焼き牡蠣を食べたり、島でとれた刺身を食べたり、瀬戸内レモンの美味しいクラフトビールを飲んだ。父親がホットペッパービューティーのアカウント名を「ポコちゃん」にしている事実が発覚して家族全員でめちゃくちゃ笑った。あれから父は家族全員にポコちゃんと呼ばれている。

神楽坂から飯田橋まで歩いて向かう事にした。風はほとんど止んで、もちろん雨も降っていなかった。その町にはその町の色がある。神楽坂は黄色い町で、不幸せな人なんてひとりもいないように感じた。

道端にマンションの不動産販売のセールスマンが立っていて、チラシを配っていた。神楽坂にマンションを持ちませんか?彼はそう言って僕にチラシを渡す。7000万円で神楽坂に家が持てるらしい。7000円ですら持っていない僕と、7000万円持っているであろう父が横になって歩いているのに、僕に渡すその仕事の出来なさに親近感を覚えた。君は僕だ。そう思った。飯田橋の橋を渡る時、とても急な上り坂で神楽坂を下ってきた位置エネルギーを勿体無い使い方したなと思った。

神楽坂には有名な和菓子屋さんがあるらしく、帰りしなに抹茶ババロアを渡される。美味しいから食べてねという母。母はこういう情報を全て知っている。マザーコンピューター。

駅で別れて家に帰る。母たちは山手線で富裕層の町へ帰る。僕と姉は中央・総武線でスラムへ帰る。いつもホームで家族と別れる時はすこし寂しい。

家に帰った後に抹茶ババロアを食べる。上品な甘みで美味しくて偏差値の高い味がした。せっかくだから静岡のお土産で貰った焙じ茶を飲むことにした。

トップスのチョコレートケーキが食べたい。パサパサのスポンジに甘すぎるチョコレートクリームの組合せ。ハーフサイズを全部ひとりでたべたい。

どついたるねん ライブ


朝起きた瞬間からやる気がない。掃除洗濯などの家事をする気が起きない。朝ごはんは食べたいのですがどうにもやる気が起きないのでとりあえずコーヒーを入れて煙草を一本吸う。

天気がいいらしいけれど最近はなんだかとても忙しくて自分の時間が作れなかったのでインターネットをダラダラしたりブログを永遠と書き続けるなどしたかったのだけど、結局は家事をして午前中が終わる。

ベランダに猫と一緒にでて日向ぼっこをしつつブラッシングをする。ブラッシングが好きなのか嫌いなのかは未だに分からないがそれなりにごろごろ言ってくれる。それでも時々噛み付いたりしてくる時があって、ツンデレ感を忘れないあたり猫としての自覚があって尚良いなどと思う。
永遠と続くのではないかと思うブラッシング。猫本体がなくなってしまうまでブラッシングをしてしまうのではないかと思う。
ブラッシングを終えて猫が一回り小さくなりました。
あとモバイルバッテリーをベランダから落として一階の家の庭に落ちたので挨拶をして取りに行った。ファンキーなおじいさんが住んでいるのだけど、人当たりはまあまあ良いのでストレスは感じない。

お昼ご飯に近所の駅近でたくさんお惣菜を買い込んで家の屋上で食べる。たこ焼きを20個も買ってしまって地獄だった。天気が良くて嬉しい。今度引っ越すのでこの屋上でもう遊ぶことはないのかもしれないという話をしたけど全くセンチな気分にはならなかった。なぜなら特にこの家に愛着がないから。

マイナビブリッツでどついたるねんのライブを見る。こばやし4000が普通にキーボードを弾いていて笑ってしまった。

夜の散歩をする。赤坂から国会議事堂までナイトクルージング。

最近の暮らし

最近の僕のくらしは何があるかとか、何がないとかではなくて、本当に何もない生活を送ってる。最近はとても文字を書くようになった。文章をとても多く書くようになった。基本的に寝てる時間以外はキーボードを叩き続けているような生活を送っている。
仕事中は仕事の資料作成やデザインなどをパソコンに打ちまくる。帰って来てからは自分の興味のある内容や、学ばないといけないことを調べてそれをまとめている。まとめた内容は時々別のブログに投稿してアウトプットしている。そうなるとこっちのブログに何を書くかという問題がでてくる。でもそれは特に気にしなくていいんだろう。何もないけれど毎日10分くらいはこっちのブログの為にキーボードを叩く時間があってもいいはずだ。読みにくいとか、読みやすいとか。そういうことよりももっと大切なものがある。

最近はSpotifyでよく音楽を聴いている。そのぶんNetflixで映画やドラマを見ることが少なくなった。ちょっと前までは通勤電車の中でも毎朝、毎晩、映画やドラマを見ていたのに今はユリシーズを開いてひたすらタイピングしている。音楽を流して僕の手は自由に動く。ときどき全く別のことを考えているのに、手はまったく別の文章を産み続けて、僕の目に移るスマートフォンの液晶には全く違う意味の文章ができている。といったようなことがある。なんなんでしょうね。

雑記ブログを初めてみてよかったことがある。それはいくつものことに興味を持てるようになったこと。他にもいくつかあるけれど、一番は自分以外の人が読む文章を書くと言うこと少しは意識することができるようになった。ということ。今打っているこの文章はとんでもなく意味のない文章で、本当はこういう意味のない文章を永遠に書き続けるのが好きなんだけど、意味のない文章を書き続けて精神的におかしい人だと思われて、教祖のように扱われたことが何回かあるから気をつけていきたい。僕は教祖にもなれないし、信者にもなれない。何ものにもなれなかった僕たちへ告げろ。

引っ越しがしたいと思っている。僕の家から会社までは約40分も電車をのるんだけど最近それがちょっと疲れて来たように思う。

時間がきたからここで終わりです。

お久しぶりです。はてなブログ。

お久しぶりです。はてなブログ。去年の暮れに僕はもしかして毎日を消耗しているだけではないのだろうかと思い記録するためにはてなブログ登録。久しぶりに触れたブログ界自己啓発的な内容に富んでおり「今日食べたラーメンがマジで最悪に不味かったんだけど、帰りに恋人がケーキ買ってくれてラッキー」みたいな本当の日常を切り取った日記みたいな内容のものが無くなっていてとて寂しくなった。

 

寂しくなっただけでは終わらないのが僕なので、最近のブログの動向をチェケすると収益化が進んでいるらしい。なるほどっっていう感じで僕もwordpressで雑記ブログを作って運営してみた。収益はまだまだ雀の涙ほどしか出ていないが、それでもいくらか貰えるのはインターネットだなという感じがした。

 

そんなこんなでPV獲得ゲームをしていたらまたまた僕は自分の人生を記録することを忘れていた。金に目が眩んで自分の人生を犠牲にするなんてとんでもない。ということで再びはてなブログの方で誰も読まないし検索流入もゼロであるだろう僕の日常を記録しようと思った次第でありんす。

 

雑記ブログを書き始めたのならばそっちで書けばいいのでは?と思うかもしれないが、あの見出しが嫌だ。雑記ブログは雑記なので僕の興味のあることを調べて分かりやすいように書いたりしている。一応読者目線を考えて書いてはいるけど基本的には自分の勉強のため。

 

誰かに認知されていないと存在していないのと同じだよみたいな事を言われるけれど、そもそも存在していないからオールオーケー。